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第五話
「……大丈夫ですか?」

おずおずと尋ねる女に、背中を壁に持たせかけた男は、一瞬、戸惑ったような目を向けた。だが、それもすぐに、元の射るような視線に戻る。

「衛兵を、呼ばないのか」

口を開いて、第一声がそれだった。先ほどよりは、だいぶ落ち着きを取り戻した声だ。

だが、女ははっきりと首を横に振った。

「呼びません」

男は、探るような目つきで女のことを見た。時折、床の上に落ちたナイフのほうに、素早く視線が走る。

「何故、呼ばない」
「呼ばない代わりに、お願いがあります」
「お願い?」
「ええ、聞いていただけるなら、人は呼びません」

女の眼差しはどこまでも真剣だった。まるで、海の底の色のような、吸い込まれそうな色の瞳だ。窓から入り込んだ風が、女の長い黒髪をわずかに揺らしている。

男は、じっと黙って、何事かを考えているようだった。時折、紅い目が、女の指にはめられた指輪と、床の上に転がったナイフを交互に盗み見る。だが、やがて、 それ以外に方法の無いことを悟ったのだろう。

「言ってみろ」

地面のほうを見つめたまま、ぶっきら棒にそう言った。

女が、男のほうへ身を乗り出す。

「貴方は、城の外から来たんですね?」

男は頷いた。

「お願いです。私を外に連れ出してください」
「無理だ」

今度は即答した男に、

「でなければ、人を呼びます」

たたみかけるように女が言った。有無を言わせぬ口調だ。 男が首を横に振る。

「お前を連れていては無理だ。 第一、何故外に出たい」
「……言えません」

男の目が、すっと細くなった。 一気に眼光が鋭くなる。

「俺は、お前を殺しに来たんだぞ」

だが、女は怯まなかった。 しっかりと男の目を見つめて、こう言った。

「殺されても構いません。 貴方にそれが出来るのなら」

女の言葉に、男は一瞬、石造りの天を仰いで、大きなため息をついた。

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