薄暗い部屋の中に、一条の光が差し込んだ。廊下の照明の灯りだ。
ドアを開き、音もなく部屋の中へと滑りこんできたその影は、まるで、夜の闇が形を持って動き出したかのような出で立ちをしていた。鍛え抜かれた身体を包む、漆黒の衣。足元は見るからに頑丈そうな黒のブーツと、細い鎖で編まれた脚絆に固められている。両腕を守る手甲もまた、例に漏れず黒い。全身を覆うそれらは、軽装でありながら、明らかに戦闘用のものだ。
その特異な服装も然ることながら、ひと際目を引くのは、その男の風貌だった。年のころは、女とさほど変わらないに違いない。しかし、顔の印象はまるで違う。女の顔が可憐な白百合を連想させるのであれば、男のそれは闇に紛れて獲物を捕える肉食の獣だ。燃え上がるような真紅の瞳。それは闇を切り裂くナイフのように鮮烈に、夜空に浮かぶ月よりも冷たく輝いている。そして、どこまでも鋭い男の眼差しに、さらなる彩りを添えているのは、闇夜にこぼれるその銀髪だった。男にしては、長い。だが、それは男の端整な顔立ちに不思議と釣り合って見えた。
口元は固く結ばれ、表情は険しい。
部屋に入ってきても、男は一言も発さなかった。後ろ手に扉を閉めながら、紅い目が、部屋の端から端へと素早く走る。
女もまた、ベッドの上で身を強張らせたまま、しゃべることもできない。
再び辺りを沈黙が満たし、女が一度、大きく喘ぐ音が部屋に響いた。
窓から差し込む月の光が、ふと陰る。
「どこから……?」
先ほどとは打って変わった、か細い声。ようやく女が口を開くことができたのは、黒い影がゆっくりと部屋の真ん中を横切り、自分の目の前で立ち止まったときだった。自分のことを無表情に見下ろす、男の凍りつくような視線にさらされて、自分の体が、小刻みに震えているのがわかる。
「お前が、アーメリア・フォン・ヴァイスハイトか」
一句、一句、区切るように、落ち着き払った声で、男は眼前の女に問いかけた。先ほどまで部屋の中に光を運んでいた窓は、男の背後に隠されて、女の目にはまるで、男の紅い目が暗闇の中に浮かんでいるように見える。
女には、答えることが出来なかった。舌の根が凍りついてしまったかのように声が出なかった。ただ、その代りに、寒気がするときのようにその両腕で、己の身を抱きすくめた。ベッドの上で、少しでも男を遠ざけようと身じろぎをする。整えられたシーツの上に、女が身を縒ることによってしわが出来る。
刹那、男が左腰からナイフを引き抜いた。
「だめっ!」
女が叫ぶ。だが、男は何の躊躇いも見せなかった。一瞬、冷たい目と目が合う。夜に閃いた黒い切っ先は、静寂を引き裂く女の声よりも速く、その白いのど目掛けて振りおろされた。
ドアを開き、音もなく部屋の中へと滑りこんできたその影は、まるで、夜の闇が形を持って動き出したかのような出で立ちをしていた。鍛え抜かれた身体を包む、漆黒の衣。足元は見るからに頑丈そうな黒のブーツと、細い鎖で編まれた脚絆に固められている。両腕を守る手甲もまた、例に漏れず黒い。全身を覆うそれらは、軽装でありながら、明らかに戦闘用のものだ。
その特異な服装も然ることながら、ひと際目を引くのは、その男の風貌だった。年のころは、女とさほど変わらないに違いない。しかし、顔の印象はまるで違う。女の顔が可憐な白百合を連想させるのであれば、男のそれは闇に紛れて獲物を捕える肉食の獣だ。燃え上がるような真紅の瞳。それは闇を切り裂くナイフのように鮮烈に、夜空に浮かぶ月よりも冷たく輝いている。そして、どこまでも鋭い男の眼差しに、さらなる彩りを添えているのは、闇夜にこぼれるその銀髪だった。男にしては、長い。だが、それは男の端整な顔立ちに不思議と釣り合って見えた。
口元は固く結ばれ、表情は険しい。
部屋に入ってきても、男は一言も発さなかった。後ろ手に扉を閉めながら、紅い目が、部屋の端から端へと素早く走る。
女もまた、ベッドの上で身を強張らせたまま、しゃべることもできない。
再び辺りを沈黙が満たし、女が一度、大きく喘ぐ音が部屋に響いた。
窓から差し込む月の光が、ふと陰る。
「どこから……?」
先ほどとは打って変わった、か細い声。ようやく女が口を開くことができたのは、黒い影がゆっくりと部屋の真ん中を横切り、自分の目の前で立ち止まったときだった。自分のことを無表情に見下ろす、男の凍りつくような視線にさらされて、自分の体が、小刻みに震えているのがわかる。
「お前が、アーメリア・フォン・ヴァイスハイトか」
一句、一句、区切るように、落ち着き払った声で、男は眼前の女に問いかけた。先ほどまで部屋の中に光を運んでいた窓は、男の背後に隠されて、女の目にはまるで、男の紅い目が暗闇の中に浮かんでいるように見える。
女には、答えることが出来なかった。舌の根が凍りついてしまったかのように声が出なかった。ただ、その代りに、寒気がするときのようにその両腕で、己の身を抱きすくめた。ベッドの上で、少しでも男を遠ざけようと身じろぎをする。整えられたシーツの上に、女が身を縒ることによってしわが出来る。
刹那、男が左腰からナイフを引き抜いた。
「だめっ!」
女が叫ぶ。だが、男は何の躊躇いも見せなかった。一瞬、冷たい目と目が合う。夜に閃いた黒い切っ先は、静寂を引き裂く女の声よりも速く、その白いのど目掛けて振りおろされた。
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